1対2ひとりで精神病の両親と暮らす 日記

精神病の両親との暮らしが始まるのと同時に始めたブログ

2019/4/4木

父から突然電話があった。「お母さんが倒れたんだよ。で救急車を呼ぶ。どこの病院がいいか?ぐちゃぐちゃでだめなんだよ!」奥の方から母の声が聞こえたので、そこまで緊急性がないと判断し、私が行くまで待っていてほしい、搬送されたとしても引き取りに行くのは私なんだからと伝えるが、「あなたを待つのとお母さんの命とどっちが大事なのか!とにかく救急車を呼ぶから。また連絡する」と電話を切られた。私は、母のケアマネさんに連絡を入れると、10分程度で現場に向かってくれるということであった。

数分後、救急隊員から電話があり「お母さんのバイタルは、安定していますが、お父さんに話を聞こうとしてもお酒を飲まれていて支離滅裂で状況がわからない。お母さんを病院に搬送しますか?判断してほしいのできてください」とのこと。私は、タクシーで両親宅に向かった。道中、ケアマネさんより電話がきた。「私到着しまして、救急車の方から状況を聞き、私が引き継ぎ救急隊は、帰っていただきました。」その後、私が到着すると、母は布団で休んでいた。母に聞くと、うんちを踏ん張って出産した後、手を洗うときにふらついて倒れたような状態になったみたい。顔色はいつもより蒼白であった。

父のほうは、ケアマネさんと話し込んでいた。多弁、妄想⁈が止まない。ケアマネさんには悪いと思いつつ、話の流れるままに付き合っていただいた。途中、父の薬の服用に成功した。また、土曜日受診予定の両親のかかりつけ病院にも状況を報告&相談しておいた。結論は、土曜日なら、本人が無理なく病院に来ることができるであろうから受診は土曜日まで待ち、その際お酒を飲んでない状況であることが望ましい。入院に関しては、その時の診察の結果次第ということであった。

ケアマネさんが帰宅された後もしばらく多弁が続く。「○子ちゃん(私)、今日は泊まっていきなよ」私は「そうだね、そうしようかな」と今夜は監視することにした。それから私も大分多弁に付き合った。そして、行動の途中で力尽きて父は寝た。急に電池が切れたかのように。

明日は仕事、休むしかないかな。

 #双極性障害 #躁鬱病