1対2ひとりで精神病の両親と暮らす 日記

精神病の両親との暮らしが始まるのと同時に始めたブログ

2019/3/2土

今日は、両親の月一の診察日だった。父の主治医がなくなるらしく、次回から主治医が変更になるらしい。

自宅に着いた後、父の診察予約の日付けが予定より1週間前に入っていることに本人が気づき、電話で(母の診察日と同じ日である)さらに1週間後に変更してもらった。つまり、父は1週間分の薬が少なく処方されている。少し心配だ。

2018/11/18日

久しぶり。忘れないように書いておく。

今日、探していた 両親の手続き等に関するノートが見つかった。

介護保険被保険者証(緑色)】

・認定日(申請のため役所訪問日)

 母:2018年1月16日

 父:2018年1月24日

*1年で切れる

*更新は60日前から可

*更新は2年間有効

 

明日以降、二人担当のソーシャルワーカーさんに伝えとこ。

 

2018/9/9日

昨日は、家族にお祝い事があり両親が正装で外食。二人が病気してから初めてのことだ。父はスパークリングワイン、ビール、紹興酒とある程度の量のお酒を飲んだが、最後はなぜかマンゴージュースを注文し、深酒とまではならなかった。母は、約3時間に渡るコース料理に耐えた。途中何度かのトイレ退出、並べた椅子に横になって過ごしたが、「わからんよ」と人前で連呼することはしなかった。やればできるじゃん。

余談、母は何年振りになるのか、久しぶりにコーヒーを飲んだ。昔は大好きだった☕️のだが、病気をしてから全く口にしなくなっていた。

雰囲気、場所は人を変えるみたいだ。

2018/9/5水

今日午前中の着信から、不安要素があって昼父に電話した。が、つながらなかった。後で父から電話があったのだが、少し呂律がまわっていなかった。どこに行ってたのか聞くと「○神!」何しに?「岩○屋に明太子を買いに」なんで?必要ないでしょ?お酒飲んでるよね?「いやあランチの時少しだよ、呂律がまわってないのは口の中に口内炎がデキモノができていたからだよ。この電話終わったら薬つけようと」だって。非常に不安になったので、仕事帰りに両親宅へ様子見に行くしかない。あー今日は職場の集まりがあったのに(T_T)ドタキャンだ。ばかやろう

2018/4/29日

今日、夕飯を一緒に食べて、職場で作業をしていると、父から電話があった。「お母さんが、また貧血みたいでトイレで気を失いかけていたんだよ。すぐ来てくれる?意識は戻ったから、救急車はまだ呼んでいないんだ。」すぐに、両親宅に戻ったら、顔色の悪い母がいた。父が母を横に寝かせたみたいで、意識はすぐに戻ったようだった。話を聞くに、3/10に起こった 排便時の迷走神経反射と思われる。「お腹が痛くなって、トイレいっても出ないんだ」と母。(前回もだったが)最近、便を柔らかくする薬を飲んでいないからー(>_<) 

 

2018/3/24土

朝から母を2回目のデイサービスへ送り出し、◯の◯病院へ。今日退院する父のお迎えに向かった。病棟の看護師さんたちの他に、担当のソーシャルワーカーさんが父の退院を見送ってくれた。看護師さんたち、ソーシャルワーカーさんには大変お世話になった。もし「仕事ですから」といわれればその通りなのかもしれないが、色々助けてもらった。本当に感謝しています。あなたたちがいなければ、父はまともに戻っていませんでした。母のことも気にかけていただき、ありがとうございました。私としては、我が家の状況を把握している人が増えて、相談できる人ができたことが、今回の父の入院の大きな収穫です。これからもどうぞよろしくお願い致します。ソーシャルワーカーさんの存在は私の光です。

2018/3/17土

今日母を両親宅に戻し、今日から月曜日まで父と母の退院前同居が始まった( ̄∀ ̄) 母がいない我が家に寂しさを感じている自分に驚く。年明けてから今日まで、約2.5ヶ月母と一緒にいたから   変な感覚

月曜日は◯の◯病院からソーシャルワーカーさんと看護師さんが退院前訪問にくる。

私は明日、両親の様子を見に行く予定。