1対2ひとりで精神病の両親と暮らす 日記

精神病の両親との暮らしが始まるのと同時に始めたブログ

2019/4/14日

父が強制入院して1週間が過ぎたので、母を連れて面会に行った。11時頃着いて、昼前に帰ってくる予定だった。

大部屋のフロアから、さらに鍵のドアを開けたフロアに案内されると、向こうの方で廊下を横切る父が目に入った。父は、私たちを見つけて「やぁ。」と手を少し上げた。何だか少し陽気だった。全く「怒」の感情は感じなかった。ほろ酔い気分の多少多弁な感じで落ち着いていたのだが、話しの感じから浪費しそうな感じはまだした。丁度お風呂の時間だったようだが、次の人に順番を譲って父と話した。相変わらず鍵のかかる個室だそう。毎日主治医が会いに来てくれるとのこと。「この際、完全に治してもらおうと思ってさ。」私が、「いつまで個室なんだろうね?」と聞くと「今月いっぱいまでかかるんじゃないか?お父さんより先に入った人がつい先日個室から出たばっかりだから。また3カ月くらい入院って先生いってたぞ?!」と入院を嫌がる気配はなく私に話した。ご飯も美味しいらしい。・・・何だか前回の強制入院のときとは父から感じ取る雰囲気が違う。他の患者さんに「奥さんですか?」と父が尋ねられて「はい、姉さん女房なんです!」とニコニコしながら答えた。私は「嘘です嘘です(^_^;)」と訂正。そして父が私に説明してくれた「あの人、俺のことなぜか56歳と思っているんだよ。何でか若く見られるんだ。」と白髪の母の肩を揉みながら嬉しそうに話した。母は、怪訝そうな顔をしていた。そして母の「帰ろうよー!」の合図で病棟を後にした。

帰宅中、母と「まだ少し多弁だったねー。入院生活嫌がってなかったねー。何か陽気で変だったねー」と話した。次は、1週間後の土曜日。母の診察のときに面会する予定。着替え足りるかな?

追記

帰りに両親宅へ寄ると、ポストに父宛に、代金引換の不在連絡票が入っていた。金額は5万を超えていた。何を買ったのか知らないが、このまま荷物保管期間が過ぎるまで待つしかない。(ネットによると、荷物保管期間を過ぎると販売者に返品され、場合によってはブラックリストに載り商品を購入できなくなるらしい)←こちらにとっては都合のいい話だ。

 

母が不意に「お荷物になってごめんね」といった。

 #双極性障害 #躁鬱病

2019/4/8/月

今日から私は仕事、母はデイサービスに行く。私の方が家を出るのが早く、帰るのは遅いため、デイサービスの方に合鍵を渡して母の送り迎えをしてもらうことになった。

今日は職場の歓迎会があったのだが、キャンセルして直帰した。家のドアを開けると、すぐそこに母がいた。さっき帰ってきたようだった。

デイサービスからの連絡帳には、「お迎え時スムーズ」と記載してあり安心した。

デイサービスの回数を増やす計画は、失敗に終わった。受け入れ施設側の定員オーバーという理由。今まで通り月水土の週3日は通う。空きが出たら連絡が来る。

 

 #双極性障害 #躁鬱病

2019/4/7日

今日は父の入院セットを用意して、○の○病院へ届けに行った。着いたのが丁度お昼の時間と重なってしまった結果、待たされた。精神科なので、持ち込みチェックが必須となる。「お待たせしてすみません、ではご案内します」と看護師さんがいったので、私は「えっ?!どこにですか?今日は荷物だけで、面会は・・(父は)どんな感じでしょうか?」と変な反応になってしまった。看護師さんは「落ち着かれていて、よく会話していますよ。入院は昨日でしたか?!」私が面会を迷っていると「もし面会するなら、私が付き添います。入院したばかりなので、もう少し後でということでも大丈夫です。」といわれたので「今日は、帰ります」と父と会わずに帰ってきた。過去に躁の時面会すると、「あれをもってきて」などの要求が多かった経験がある。そして後にいらないといわれることもあった。午後からは母のデイサービスのスタッフとの打ち合わせもあり、早く帰宅したかった。

今日の母は、我が家にずっといた。昨日から爆睡。昨日から朝までで約12時間爆睡した。不眠時の薬を飲まずに‼️ そして、朝食後も、昼食後も眠った。認知症への悪化か?!とも疑ったが、私も眠くなって昼寝したし     疲れかな(-_-)zzz

 

*両親宅を捜索していて判明したこと 

・6月および約10〜12月の間、双極性障害の薬を服用していな買ったようだ(薬の処方日と残数から推測)

 #双極性障害 #躁鬱病

2019/4/6土

両親のかかりつけ病院の定期受診。父の様子をこまめに病院へ伝えておいたので、病院に到着するなり相談員さんが近づいてきた。父を強制入院させるつもりで、病院スタッフの方たちが段取りを組んでいたようで、状況を聞かれた。ちなみに今日の父の先生は、新しい主治医ではなく、代理の先生が待っていてくれた。両親宅から病院まで、車中の父は、多弁ではなく眠そうにしていたことと、前回の躁状態に比べるとピークは半分くらいの症状なので、私は入院させるのを迷っていた。私の同意になるから。父の矛先が私に向くだろうから(前回を思うと多少トラウマである)。相談員さんは私が迷っていることを先生に相談しに戻った。その間、母の診察を終え、両親と父の診察を待った。私は父に「もし入院になったらどうする?」と聞いた。父は「入院は嫌だなぁ。もう二度とこりごりだなぁ」といった。そうだよね、だよね。「娘さんちょっとよろしいですか・・・先生より、症状からは入院の必要がありそうだということです。治すには、任意入院では無理があります。娘さんの決断が必要になります。」と背中を押され「・・・・わかりました。・・あのぅ、"診察の結果、入院が必要"という形にできませんか?前回のときの強制入院がトラウマみたいになっていて父が怖いんです。」と伝えると、相談員さんは再度先生に相談しに戻った。「診察のとき、娘さんの口からお父様の症状をいえますか?それならこちらも努力します。」ということで、父は、入院するシナリオになった。

診察室に呼ばれた。両親と3人で入った。私は、月曜日泥酔して倒れて救急車に運ばれた話、昨日薬と通帳がゴミ箱に捨ててあった話、薬を服用していない話、お酒の量が増えた話、妄想の話、総じて疲れている話をした。先生に突っ込まれると父は自ら「支離滅裂なんです、2時間くらいで起きちゃうんです。」などといったのには驚いた。不利な立場になるのに。そこから、父は多弁に。親戚から銀行口座に返済金が振り込まれていない話になり、苛立ち始めた。先生が「頭が混乱して軽妄想状態みたいだから、入院した方がいいです。」といわれると父は「入院はしたくありません、少し考えさせてください。2週間後にまた(母の診察で)来ますから、その時に主治医と話して必要ということでしたら入院しますから。入院させられた方の気持ち分かりますか!?隔離されて!二度とあんなとこに入りたくない!」それでも先生が入院を勧めると、父は「前任の先生にももう一度入院が必要といわれたが、私は断りました。新しい主治医の先生にも申し送っているはずです。新しい主治医と話してみます。」先生は、「じゃあ、新しい主治医が入院が必要といえば入院しますね?」「はい」と父はいってしまった。先生はいなくなり、病棟の看護師さん2名が来た。待っている間、若めの看護師さんが「山路さん、病棟看護師の〇〇です。よろしくお願いします」と父に挨拶してしまった∑(゚Д゚)まだ入院決まってないのに?何で?挨拶する?ヒヤヒヤしたが、父は「よろしくお願いします」となぜか挨拶した。意味不明(・・?) 

先生が新しい主治医を連れてきた!「新しく主治医になる〇〇です。薬飲んでないの!?入院した方がいい、入院!」父は「はい」と思わず返事してしまった。

今回も隔離部屋からのスタートになる。病棟は前回とは異なり、古い病棟だ。見るとそんなに古臭くなかった。明日また、物品を届けに来なければならない。

今日から我が家で母と暮らす。両親宅から我が家へ母と移動中、母が「○子ちゃん、こんなことさせて○子ちゃんには悪いと思ってるんだよ・・」と突然呟いた。母にとって"こんなこと"とは父を強制入院させたこと?なのか、母を引き取ったこと?なのかはよくわからないがそんな思いがあるとは、想定外で刺さった。

 #双極性障害 #躁鬱病

2019/4/5金

19時頃、父から電話があった。また母が倒れたから救急車を呼んだと。父が心配してそうだったので、九○中○病院へ搬送された。迎えに行くと、間違えて母の靴を履いた父が待合室に座っていた。お酒の匂いはそこまでなかったが、顔は躁寄りの顔だった。

母のほうは、採血結果、血圧に大きな異常はなく帰宅することになった。

最近の父は

・窓を開け散らす

・処方された薬までゴミ箱に入っていた(父に問うと母の仕業にする)

・お酒の量が増える

・前回は夜まで飲んでいたが、今回は夜は出歩かない

・母の病気がいつもより悪いと思っている

・妄想  (今日は親戚のおばさんが電話かけてきたといった。着信履歴にはそんな事実はなかったが、知らない番号はあった)

一年前の強制入院をさせたときの躁状態より、そこまで酷くはない。

 

*現在の妄想内容⁈

・商○中○(銀行)と話をしてきた。お金を借りてくれといわれるから、博多辺りにマンション買って賃貸する。

 

23時頃寝たが、深夜1時半頃起きて窓を開けて外の空気を吸いたがった。流しは水を流しっぱなしにする。昨日も。

私はこのままだと眠れないと思い、「朝迎えに来るね」と帰宅した。私自身も2日間シャワーを浴びていない。ひとまず帰宅。

 

 #双極性障害 #躁鬱病

2019/4/4木

父から突然電話があった。「お母さんが倒れたんだよ。で救急車を呼ぶ。どこの病院がいいか?ぐちゃぐちゃでだめなんだよ!」奥の方から母の声が聞こえたので、そこまで緊急性がないと判断し、私が行くまで待っていてほしい、搬送されたとしても引き取りに行くのは私なんだからと伝えるが、「あなたを待つのとお母さんの命とどっちが大事なのか!とにかく救急車を呼ぶから。また連絡する」と電話を切られた。私は、母のケアマネさんに連絡を入れると、10分程度で現場に向かってくれるということであった。

数分後、救急隊員から電話があり「お母さんのバイタルは、安定していますが、お父さんに話を聞こうとしてもお酒を飲まれていて支離滅裂で状況がわからない。お母さんを病院に搬送しますか?判断してほしいのできてください」とのこと。私は、タクシーで両親宅に向かった。道中、ケアマネさんより電話がきた。「私到着しまして、救急車の方から状況を聞き、私が引き継ぎ救急隊は、帰っていただきました。」その後、私が到着すると、母は布団で休んでいた。母に聞くと、うんちを踏ん張って出産した後、手を洗うときにふらついて倒れたような状態になったみたい。顔色はいつもより蒼白であった。

父のほうは、ケアマネさんと話し込んでいた。多弁、妄想⁈が止まない。ケアマネさんには悪いと思いつつ、話の流れるままに付き合っていただいた。途中、父の薬の服用に成功した。また、土曜日受診予定の両親のかかりつけ病院にも状況を報告&相談しておいた。結論は、土曜日なら、本人が無理なく病院に来ることができるであろうから受診は土曜日まで待ち、その際お酒を飲んでない状況であることが望ましい。入院に関しては、その時の診察の結果次第ということであった。

ケアマネさんが帰宅された後もしばらく多弁が続く。「○子ちゃん(私)、今日は泊まっていきなよ」私は「そうだね、そうしようかな」と今夜は監視することにした。それから私も大分多弁に付き合った。そして、行動の途中で力尽きて父は寝た。急に電池が切れたかのように。

明日は仕事、休むしかないかな。

 #双極性障害 #躁鬱病